Jamie Muir

Jamie Muir percussion/drums
 スコットランド・エジンバラ出身。1972~1973年にかけてKing Crimsonに参加したことでロック・ファンにも高い知名度を持つフリーミュージック系パーカッション奏者。英フリージャズ・シーンの巨匠Derek Baileyとの活動でも知られる。

 当初はジャズ・バンドでトロンボーンを演奏していたが、フリー・ミュージックに傾倒し、まもなくドラムス、パーカッションにチェンジ。エジンバラ・アート・カレッジ退学後の1966年にはThe Assassination Weaponというフリー・ジャズの演奏にライト・ショーなどを交えた即興アート集団を結成し、本格的な音楽活動を開始する。

 この頃、フリー・ジャズ・ギタリストDerek Baileyと知り合い、彼の薦めで68年にロンドンへと上京。BaileyやEvan Parkerらのフリー・インプロヴィゼーション集団The Music Improvisation Companyに合流する。MICでの活動の一方、同年には詩人Pete BrownのバンドHis Battered Ornamentsのステージにも参加したほか、1970年にはJim Roche、Don Wellerらとのジャズ・ロック・バンドBoris、71~72年はAlan GowenらとのAssagai、Sunshipなどのグループでも活動している。

 1972年夏、即興演奏の可能性を模索していたRobert Frippに誘われ、新生King Crimsonに参加。傑作アルバム「Lark’s Tongues In Aspic」」の録音に参加する。ステージでは貝殻やキッチン用具、鎖、チェンソーなどを駆使するパーカッション・パフォーマンスを披露し大きな話題を呼ぶ。

 しかし、アルバム発表直前の73年2月、マーキーでのライブで行き過ぎたパフォーマンスが元で負傷、そのままグループを離れた。この頃、仏教に目覚め人生観が変わったことが脱退の理由だったが、メンバー、マスコミに真相が伝わらなかったこともあって長い間宗教に絡んだ『謎の失踪』と解釈されていた。

 その後、音楽から離れてチベット仏教の修行僧生活を経験。1980年頃に帰国し再び旧友Baileyらと音楽活動を再開。81年にBaileyとのコラボ作「Dart Drug」を発表したほか、83年当時は未発表に終わったが、同じKing Crimson出身のMichael Gilesらとのサントラ盤「Ghost Dance」を製作している。その後、画家に転身。

【参加アルバム】
<group>
・The Music Improvisation Company
The Music Improvisation Company (ECM ECM1005) 1970
1968-1971 (Incus CD12) 1976

・King Crimson
Larks’ Tongues In Aspic (Island ILPS9230) 1973/3

・Jamie Muir/Derek Bailey
Dart Drug (Incus CD19) 1981

・Michael Giles/Jamie Muir/David Cunningham
Ghost Dance-soundtrack (Piano PIANO502) 1995 ※83年の録音

<session>
The Ayers Have It/Evan Parker (Emanem 4055) 2001 ※1983年録音


【参加グループ】
The Assassination Weapon (1966-1968)
Pete Brown & His Battered Ornaments (1968) ※パートタイム
The Music Improvisation Company (1968-1971)
Boris (1970)
Assagai (1971-1972)
Sunship (1972.summer)
King Crimson (1972.9-1973.2)