vocals
ボーンマス人脈のヴォーカリスト。自身のリーダーグループDave Anthony’s Moodsやフリーク・ビートの名バンドFleur De Lysなどで活動した。活動初期はDave Anthonyの芸名を名乗っていた。
1960年代初頭から地元ボーンマスを拠点にシンガーとして活動。1960年代前半はMichael GilesとPeter Gilesの兄弟が在籍したThe Sands Combo、Robert Fripp脱退後のThe League Of Gentlemenなど後のKing Crimson人脈のミュージシャンらと多数共演。
1965年、The League Of Gentlemenで一緒になったベーシストのGordon Haskellとともにバンドを離れロンドンへと進出。同年末には自身のソウル・ロック・バンドDave Anthony’s Moodsを結成し、翌年春にはシングル「New Directions」でデビューを果たす。
しかし、まもなく自ら離脱。バンドはその後もDave Anthony(Antony)の名前でイタリアを拠点に活動を継続した。翌年にはTrackからTony Simon名義で、さらに1968年春にはDave Antony(hのないイタリア風?)名義でMercuryからそれぞれソロ・シングルをリリースしている。
1968年4月には、Haskellに誘われてFleur De Lysに加入。当のHaskellは直後にThe Flowerpot Menに移籍するものの、Led ZeppelinやYesなどの後のビッグネームに先駆けて米Atlanticレコードとの契約を獲得。この後1969年にかけて2枚のシングルをリリースするが、セールスは振るわず、まもなく解散した。
この後、セッション・シンガーに転身。2006年10月1日、心臓発作により他界。
【参加アルバム】
<group>
・Fleur De Lys
Reflections (FDL 1005) 1996 ※変名録音を含む編集盤
<solo singles>
・Tony Simon名義
Gimme A Little Sign/Never Too Much Love (Track 604012) 1967/10
・Dave Antony名義
Race With The Wind/Hide And Seek (Mercury MF1031) 1968/5
【参加グループ】
The Furies (1960)
Dave Anthony & The Ravers (1960-1961.8)
Dave Anthony & The Rebels (1961.8-11)
The Sands Combo (1962.8-1963)
The League Of Gentlemen (1965.8-11)
Dave Anthony’s Moods (1965.11-1966)
Fleur De Lys (1968.4-1969.3)