Aynsley Dunbar Retaliation

Aynsley Dunbar Retaliation 活動期間1967-1969.late
 John Mayall’s BluesbreakersJeff Beck Groupを経た名ドラマーAynsley Dunbarが67年に結成した初のリーダー・グループ。 その後の英国ブルース・シーンをけん引していくことになる重要ミュージシャンらを擁し、重たいアンダーグラウンド・ブルースを志向、1969年までの活動期間に4枚のオリジナル・アルバムを残した。

 当初のメンバーはVictor Brox Blues Trainを率いていたマンチェスター出身のシンガー/オルガン奏者のVictor Brox、元Shotgun ExpressなどのギタリストJohn Moorshead、元Stone’s MasonryのベーシストKeith Tillmanの4人。

 TillmanはBlue Horizonからのデビュー・シングル「Warning」(Black Sabbathがカバーしたことで有名)の録音後に離脱し、Bluesbreakersに加入。代わってNeil Christian & The CrusadersにいたAlex Dmochowskiが後任に就き、翌年レーベルをLibertyに移してセルフ・タイトルのデビュー・アルバムをリリース。翌年にはセカンド・アルバム「Dr. Dunbar’s Prescription」を制作。このころにはChampion Jack Dupreeのアルバム「The Heart Of The Blues Is Sound」(仏BYG・1969年)にメンバー全員でセッション参加している。

 John Mayallがプロデュースを務めた3作目「To Mum From Aynsley And The Boys 」ではThe Grease Bandを経たTommy Eyreが加わり5人編成となった。1969年末にバンドは解散し、DunbarとEyreは新プロジェクトBlue Whaleを結成した。Broxはその後もブルース・シーンで息の長い活動を継続。DmochowskiとJohn Moorsheadは覆面セッション・グループHeavy Jellyに参加するなどセッション・ワークでも活躍した。

 解散後の1970年にはヒプノシスの印象的なジャケット・デザインでも知られる4作目にしてラスト作「Remains To Be Heard」がリリースされている。プロデュースはBroxが担当し、彼の妻でシンガーのAnnette Broxが10曲中6曲に参加。メンバーはEyreを除く4人だが、B面収録曲にはDunbarが未参加で、やや変則的な内容(契約消化のためのリリース?)ながら充実した演奏が聞ける。


<albums>
The Aynsley Dunbar Retaliation (Liberty LBS83154) 1968
Dr. Dunbar’s Prescription (Liberty LBS83177) 1969
To Mum From Aynsley And The Boys (Liberty LBS83223) 1969
Remains To Be Heard (Liberty LBS83316) 1970

<singles>
Warning/Cobwebs (Blue Horizon 57-3109) 1967/12
Watch’n’ Chain/Roamin’ And Ramblin’ (Liberty LBF15132) 1968/9


【メンバー変遷】
#1(1967.autumn)
Aynsley Dunbar:ds
Victor Brox:g/key/cornet/vo
John Moorshead:g/vo
Keith Tillman:b

#2(1967.11-1969)
Aynsley Dunbar:ds
Victor Brox:g/key/cornet/vo
John Moorshead:g/vo
Alex Dmochowski:b

#3(1969)
Aynsley Dunbar:ds
Victor Brox:g/key/cornet/vo
John Moorshead:g/vo (Heavy Jelly)
Alex Dmochowski:b (Heavy Jelly) → with John Mayall
Tommy Eyre:key